―――――――――――――番外編(10)―――――――――――
眼鏡橋百景
2010年(平成22)2月4日(水)〜28日(日)


2010年2月4日から28日まで、
長崎市東古川町のカフェ豆ちゃん内にあるギャラリー「ギャルリーコクトー」にて
ギャルリーコクトー第26回企画展「藤城かおる写真展 眼鏡橋百景」を開催しました。
内容は2008年(平成20)4月1日からはじめた、2年間限定のHP「眼鏡橋日記」より厳選100枚を展示。
2Lの光沢紙に印刷された眼鏡橋は、店内をかこむように三方の壁にならびました。
写真には説明文章を設けず、時系列にならべた写真に撮影年月日と時間のデータのみを記しました。

写真展の模様はカフェ豆ちゃんのオーナーが繰り広げているブログにて紹介していただきました。
下の記事は、その抜粋です。オーナーの許可を得て転載しております。
実際の文章には改行がありませんが、今回、転載するにあたり改行を設けました。

←カフェ豆ちゃんのオーナーによるDM


2010-02-04
今日から「藤城かおる写真展 眼鏡橋百景」

(前略)さてそんなランタンフェスティバルに合わせて、
今日からカフェ豆内のギャラリー「ギャルリーコクトー」では素敵な写真展が始まりました。
題して「藤城かおる写真展 眼鏡橋百景」です。
藤城かおる氏は写真家ではありませんが、
この2年間、ほとんど毎日のように眼鏡橋の写真を撮り続け、自分のホームページに掲載してきました。
じつにいろんな眼鏡橋の表情が捉えられています。その数なんと600枚。
今回はその中から厳選された100枚をプリントして展示します。面白いです。見れば見るほど面白いです。
写真家の写真とは違った視点でとらえる眼鏡橋のさまざまな姿は、
長崎に住んで20年の藤城かおる氏の想いが伝わってきます。
今回の展示では写真の説明をあえてせずに、
撮影された年月日時間をつけて、時系列で見ていけるようにしています。
たとえば眼鏡橋の上にたくさんのロウソクの灯りが並んでいて、
日付を見ると7月23日なので「ああ、長崎大水害の慰霊の灯火だ」とか、
たくさんの黄色いランタンに囲まれた眼鏡橋だと「この年は1月からランタンフェスティバルだったんだ」とか、
眼鏡橋の周辺にいるひとたちがみんな下を向いて目を閉じていると思ったら8月9日11時2分だったりと、
日付だけのキャプションがかえってとても多くのことを語ってくれます。
もちろん記念日的なものだけではなく、
なんでもない日常の眼鏡橋のほんのささいな表情が、とても豊かに見えてくるんですね。
むしろそっちのほうが面白かったりします。
そして同じ眼鏡橋というモチーフを毎日毎日2年間も撮り続けることによって、
確実に明らかに写真としての質も格段に向上しているのがよくわかります。
それは写真技術の向上というよりも、視点の向け方、モノの見方の変化なんだろうなと思います。
2年前に藤城くんがカフェ豆にやってきて
「今日から眼鏡橋の写真を毎日撮ることにしました」と言いに来てくれた日から、
彼はほんとに毎日撮り続けてきました。
それはすぐに自分のホームページ「眼鏡橋日記」としてリアルタイムに公開されました。
このめちゃめちゃ地味〜なページも、こうしてプリントしてギャラリーの壁面に並べてみるとじつに壮観です。
そして一枚一枚にただ面白いだけではなく、
長崎のいろんな表情が織り込まれていることがわかります。是非見に来てください。
眼鏡橋を知っている人も知らない人も、きっと今よりもう少し長崎が好きになるんじゃないかと思います。
「藤城かおる写真展 眼鏡橋百景」は今日から2月28日(日)まで開催します。(後略)



2010-02-08
「藤城かおる写真展 眼鏡橋百景」に思うこと

(前略)現在ギャラリーで開催中の「藤城かおる写真展 眼鏡橋百景」はたいへん好評です。
藤城くんは2008年4月1日から毎日!
そう、ほぼ毎日ではなくて完璧に毎日毎日毎日毎日眼鏡橋の写真を撮り続けている。
そう、今も毎日毎日毎日毎日撮り続けている藤城君の600枚を超える写真の中から、
なんとか100枚を選んでもらって展示しています。
眼鏡橋のいろんな姿があります。
眼鏡橋の写真というよりも、眼鏡橋を通して見た長崎の空気のようなものと言ったらいいでしょうか。
デジタル技術によって、写真が写真家のものだけではなくなって久しいですが、
この藤城君の写真も、そうしたデジタル技術による新しい表現へのカタチなのかもしれません。
何年間も一日も欠かさず眼鏡橋の写真を撮り続けるなんてプロじゃできません。
プロはそんな暇はないでしょう(笑)。でも藤城君はそれをやり続けている。
やり続けて何がどうなるんだなんて、おそらく本人もわからないでしょう。でもやるんです。
それはおそらく彼だからできること。
つまりほかに誰にもできないことをやっているということは凄いなと思います。
やれと言われればできないことはないですが、誰からもやれと言われることなく、やるときめてやっちゃう。
そのことが「誰にもできないこと」なんだと思います。
写真としてのクオリティは最初はほとんど素人です。それもそうでしょう、素人なんですから。
でもだんだん「おや?」と思うようなカットが出てくる。
そしてそんな「おや?」にあたる回数が次第に増えてくるんですね。
そして最近ではかなりのクオリティだと思えるものもあります。
これは今回の100枚の写真を順にプリントアウトしていった私の正直な感想です。
「う〜ん、ウデをあげやがった」そう思いました(笑)。
先日のブログにも書きましたが、彼の視線が確実に変わってきているんですね。
それはアマチュアの域を越えてプロに近づいているというような意味ではなくて、
写真が写真として生きていると思います。
彼は芸術的な写真を撮ろうとしているのではないし、
写真自体を褒めてもらおうとしてやったわけではない。
眼鏡橋の様子を記録として毎日写真に収めたかった。おそらくそうした気持ちなのだと思います。
それが結果として他人が見ても面白かったり凄かったりする写真が撮れるようになった。
プロの写真家から見れば、ひとつひとつの写真はなんてことはないのでしょうが、
これが毎日毎日同じ被写体のある場所に出かけていって
撮り続けているなかのほんの1枚だと考えると話は別です。
プロが撮る写真とはまったく違った意味を持ってきます。
昔、川原温(わからおん)という現代美術の作家がいて、
この人はいわゆる日本におけるコンセプチュアルアートの第一人者と言われる人なんですが、
この人の作品に、自分の友人に日付だけを書き込んだハガキを
毎日毎日送り続けるという有名な作品があるのですが、
これはハガキが作品ではなくて、そうした一連の行動すべてを含めた概念を作品としたわけで、
今思えば面白くもまどろっこしい(笑)やっかいな作品だなと思うわけですが、
今回の藤城君の展示は、タイトルや見た目こそ写真展ではありますが、やってることはアートに近い。
でもおそらく藤城君本人はこれがアートだとかなんとか思いもしないでしょう。
それはひとつは自分に課する命題によって自分自身を確認する作業のようなものかもしれません。
誰からやれといわれたわけではなく、やったからって何になるわけでもない。
でもやるときめたからにはちゃんとやる。
これは目的や結果がはっきりしていないからこそやれることなのかもしれないし、
やっぱり藤城君だからこそできおうせることなのかもしれません。
世の中は、目的や結果が分からないまま何かをやることに耐えられない人のほうが多いでしょう。
しかしこうして目的や結果がすべてではないことを飄々とやってのける人間がいることは、
とても大切なことなんじゃないかと思うのです。今の世の中だからこそ余計そう思います。
いずれにせよ結果として写真は他人が見ても十分に楽しめるものです。
そして移りゆく季節の中の眼鏡橋の写真を見ながら「目的や結果のためにしか動けない人間社会」について
ちょっとだけ考えてみるのもいいかもしれませんね。
そうそう!彼のホームページにすべての眼鏡橋の写真が時系列で見ることができます。
コメントもついています。
こんなページがあるなんてみんな知らないので、1日のアクセス数は一桁なんだそうです。
みなさん是非!ぜ〜ひ〜このページをご覧下さい。↓
http://f-makuramoto.com/30-megane/(後略)



写真展「眼鏡橋弱景」を開催するにあたり、ラジオとテレビの取材をうけました。
2月8日、NBCラジオで生放送で出演しました。
また16日に、NBCテレビの取材をうけ、18日の夕方、ローカルニュースで取り上げていただきました。



今回の写真展、つい、うっかりして記録写真を撮るの忘れていました。
なもので、来場者でにぎわっている店内の写真がないのです。残念至極。
どなたか、撮った方いらっしゃらないでしょうか。


眼鏡橋ベスト100画像一挙紹介




2010年(平成22)8月25日(水)00:12UP